『君美わしく−戦後日本映画女優讃−』(文芸春秋)川本三郎


副題にあるように、戦後スクリーンを飾った女優たちへのインタビューである。
インタビュアーに人を得ると面白くなり、そうでないと単なる「ヨイショ本」となってしまう。
本書は、著者が無類の映画好きで、対象となった女優たちの作品に精通しているせいか、話が表面的にならずに、興味深い話を引き出すことに成功している。


高峰秀子は、結婚のエピソードが面白い。二人の助監督から求愛され、金持ちの川頭義郎の方ではなく、貧乏な松山善三と結婚。その点について、以下のように話している。

あたし、金持ちアレルギーですから。川頭さんの家は大きな土地持ち。そういうところへ嫁に行くのはいやですよ、あたしゃ。松山さんのほうは、お父さんが戦争で没落していて、松山は納屋みたいなところで貧乏暮らしをしている。こっちのほうが気楽でいいやって。私、人との付き合いとか、自分の親兄弟にひどい目にあっているから、また他人の家へ行くのはまっぴらと思って
(p.25)

結婚については、『わたしの渡世日記(下』(p.305)にも同内容のことが書かれている。本書のくだけた語り口調のほうも、この女優のあっさりした性格をよく捉えている。


杉村春子は、成瀬巳喜男監督の思い出として、『流れる』のことを以下のように語っている。

『流れる』撮ったとき、一番手で、あなたね、酔払ったところから撮らなきゃなんない
<中略>
酔払いのシーンから入っちゃったのよ、茉莉子さんと。ほんとに、あれ、いまだに覚えています。ねえ、セットだって水を打ったようにしーんとしてるじゃない。そこで……
(p.158)

お座敷で飲んでいい気分になり、岡田茉莉子と踊るシーンを午前中のそれも最初に撮ったとは、驚いた。


山田五十鈴が以下のように答えている。

『東京暮色』、いい映画でしょ。あれは一生忘れられませんね。
<中略>
(小津監督が)『常識的な芝居はわたしの映画ではしないでください』って、それがあたしの今日に、いちばん役に立っている言葉です。
<中略>
あの映画だけは、ワンシーン、ワンシーン、鮮やかに出てきますから、かえって見たくなかった(笑)。
<後略>
(pp.298-299)

と言わせるくだりは、川本氏だからこそ引き出せた言葉であろう。一般的には評価の高くない『東京暮色』であるが、大女優のこの言葉、なんだか嬉しくなる。(個人的には、好きな映画です)


このほかにも、久我美子岡田茉莉子有馬稲子八千草薫などなど。戦後日本映画が好きな方なら、読んで退屈することはないだろう。 ただ、現在は単行本も文庫本も絶版になっているので、図書館か古書店で探すしかないのですが…。