コミュニケーションのツールとしての英語

10年前と比べて周囲に外国人の姿を見ることが格段と多くなった。京都は観光都市でもあるので、外国からの方はよく見かけたが、最近は観光ではなく居住している外国人の方が増えた、と実感する。
散歩をしていると、年に数回は英語で道を尋ねられる。とっさに上手い表現ができず、苦い思いも。
「Go along this street,and you'll …」とか、「It takes about ten minutes from here on foot,I think.」くらいはすぐ出てくるが、それ以上の詳細を話そうと思うと、日本語を話すようには出てこない。
おそらく、ボクらの世代以上に今後は国際的なコミュニケーション能力が必要になってくるんだろうな。


Worldwide Kids English」というサイトでは、新たな幼児対象の幼児英語教材の紹介をしている。
「グローバル教育」と「英語教育」「発達心理学」の考え方に基づいた6つのStageで構成された教材が、2年間に渡って届けられる。一気に前渡しではなく、数ヶ月に1回の割合で送られてくるのだ。
非常に考え抜かれた英語教材だと思う。「ごっこ遊び、手遊び、クイズ」といったことを通して、幼児期のコミュニケーションに必要な約600語を学ぶ、ということだ。
また、首都圏限定ではあるが、「体験イベント」が開催されている。ネイティブのキャストと実際に歌ったり、遊んだりと体験できる。こんなイベントを通して、本教材の自分の子供との相性を判断してもいいのでは。


しかし、重要なことはそれを使う側にしっかりとした文化的土壌があること、ではないだろうか。発音や聞き取りが良くできていても、日本人として恥ずかしくなるくらい貧困な語彙力ではどうにもなるまい。
単にお金をかけて教材を与えるのではなく、有効に使いこなせる日本人としての基礎部分を親がはぐくむ必要がある。
「英語、英語」と言うのと同時に、日本人として、コミュニケーションする際、背景となる自分自身の教養なり文化なり哲学なりがなければ、根無し草の「YES BOY or GIRL 」になりかねない。本当の意味での「世界で通用するコミュニケーション力」とは言えないだろう。


加えて思うことは、「持続が大事」ということだ。周囲の友人知人を見てるとそれを実感する。
親が単なる見栄や体面から、子供に押しつけたところで効果はないはず。嫌々ながら子供対象の英会話教室に通っても、全く英語力のつかない子もいる。
だから、幼児英語にとって最も大切なのは家族のサポートでしょ。親の姿勢・自覚によって、ずいぶんと変わってくるはずだ。