『夏の庭』'94 相米慎二/監督 湯本香樹実/原作 田中陽造/脚本


同名の原作は、少年を主人公とした児童文学。対して、映画の方は舞台を東京から神戸に移し、3人の少年と老人の交流、とりわけ老人にスポットをあてている。
この点が原作とは大いに異なる所。
でも、それは十分に計算されているもので、映画の文法をわきまえた技と認識。


それと、相米映画を特徴づける印象に残る場面がちりばめられている。
台風の夜のシーンは、相米映画ならではのカメラワークだ。

<あらすじ>
小学6年生のサッカー仲間、木山諄、河辺、山下の3人は、ふと人の死について興味を抱き、近所に住む変わり者の老人・傳法(でんぽう)喜八に目をつけ、彼がどんな死に方をするか見張ることにした。荒れ放題のあばら家にひとり住む様子を観察する3人に気づいた喜八は最初は怒り出すが、やがてごく自然に4人の交流が始まる。


老人の指示通り子供たちは庭の草むしりや家のペンキ塗りを行い、庭にはコスモスの種を巻き、家は見違えるようにきれいになっていった。子供たちは喜八から、古香弥生という名の女性と結婚していたが別れたという話や、戦争中、兵隊をしていた時にジャングルの小さな村でやむを得ず身重の女の人を殺してしまった話などを聞く。


3人は喜八の別れた妻を探し出すことにし、やがてそれらしき人を探し当て老人ホームに訪ねるが、部屋には担任の静香先生がいた。先生は何と弥生の孫だった。弥生はボケているのか夫は死んだと答えるばかりだったが、静香は喜八は自分の祖父に違いないと確信し、彼を訪ねる。だが喜八もそれを否定した。そんなある日、子供たちはサッカーの試合の帰りに喜八の家に寄ってみると、彼は既に息絶えていた。


葬儀の日、3人の子供たちや市役所の職員、遺産のことばかり気にする甥の勝弘らが見守る中、静香に連れられ弥生がやって来る。じっと棺の中の喜八の顔を見つめていた弥生は、生きている相手に向かうかのように正座して「お帰りなさいまし」とお辞儀した。数日後、取り壊しを控えた老人の家を訪ねた子供たちは、暗い井戸の底からトンボや蝶、ホタルが次々と飛んでいくのを目撃する。それはまるでおじいさんが3人に別れの挨拶をしているかのようであった。
夏の庭 The Friends(1994) - goo 映画

何より三國連太郎が素晴らしい。
世捨て人のような老人が、少年たちとの交流から徐々に凍り付いた心が解け出す様を見事に演じている。
老人の死に泣きじゃくる少年たちと共に、目が潤んでくる。


人の生の儚さだけでなく、戦争がどんなに心を蝕むのかを示唆しているようだ。
ラストの主を失った家の朽ち果てていく様子は、森羅万象何一つとして変わらないものはない、という生死観を感じる。


ただ、原作を読んでいると合点のいく箇所でも、原作を知らないと何か唐突な感じを受ける箇所がある。
プールのシーン,花火のシーン,同級生の女の子2人登場のシーンは、あえて入れる必要のないような……。


まあ合点がいかなかったり、唐突なのも、相米作品の特徴といわれればそれまでなのだが(苦笑)
この辺りが、相米慎二に対する評価の分かれ目では。
ボクは、どちらかというと好きな部類です。