「しろばんば」(新潮社)井上靖

井上靖「しろばんば」


思い出の一書というか、ボクが初めて自主的に読んだ文学作品である。今回、Blackbirdさんのコメントに触発されて30数年ぶりに再読した。中学時代とは、違う感想をもち−当たり前だ−、それでいて懐かしい思いに浸れた。


井上靖の自叙伝的な作品で、登場人物はほぼ実在する人らしい。この後『夏草冬濤』『北の海』と続編が続いた。
それぞれ思い入れがあるが、やはりこの作品が一番心に残っている。


時は大正4,5年。主人公・洪作は作者自身。舞台は、伊豆半島・湯が島。小学校時代、主人公と周囲の人々との交流を描いている。まだ、人の死が珍しいものではなかった頃の話で、前半は叔母・さき子、後半は育ての親・おぬい婆さんという愛しい人との死別が淡々と描かれている。ただ、その中に言葉にはし難い「哀惜の念」が感じられた。


おおまかな話は覚えていたが、印象は随分違う。当時の交通機関は、現在と隔世の感がある。その不便さを、ボクの年代ならばまだ想像できるが、東京オリンピック以降にものごころのついた方にはどうだろうか?外国の話のように聞こえるのではないだろうか?何せ、湯が島から豊橋まで一泊二日の行程なのだから。
この当時、伊豆半島に限らず、公共の交通機関で馬車は活躍していた。驚きなのは、沼津・三島・豊橋が、まるで大都会であるかのように描かれていることだ。


とにかく。久々に懐かしい気分に満たされた。Blackbirdさんに感謝いたします。