『藝人という生き方−渥美清のことなど−』(文春文庫) 矢野誠一

芸人という生き方―渥美清のことなど (文春文庫)
著者は、演劇・演藝評論家。東京人('35年生まれ)の一つの典型のように、学生時代から浅草通いが始まったそうだ。しかし、浅草時代の「渥美清」には馴染みがない、とのこと。それは、「私には渥美清の印象がまるで残されていない」(p.20)というところからも伺える。そのせいか、他の藝人に対しては、鋭い批評をする著者だが、この「渥美清論」は、どうも深みが感じ入られない。一つ指摘すると、

多くのよき仕事仲間に恵まれたことは、没後のマスコミ報道で伝えられた。だが、それら仕事仲間による涙ながらのコメントや追悼文は、ひとしく渥美清にはほんとうにこころを許した友達のいなかったことも伝えているように、私には受け取れた。家長田所康雄が27年書けてつくりあげた強固な家庭という殻を破いた友達は見当たらない。(pp.47-48)


どうも、渥美と友人達のつきあいを表面的にしか捉えていないような気がする。親友同士が、常に、家族ぐるみのつきあいをするとは限らない。プライベートであっても、家族との関わりと友人との関わりを分けることは、程度の差はあれよくあることだ。その点で、渥美は類を見ないほどストイックであったと解釈できないだろうか。
友人観が、著者とボクとでは違うからかもしれないが、ボクには著者のあげた点をもって「渥美清にはほんとうにこころを許した友達のいなかった」というふうには解釈できない。むしろ人並みはずれた「個人主義者」と考えることが妥当なのでは。


本書の構成は、以下の3部からなっている。
Ⅰ「渥美清と田所康雄と車寅次郎」Ⅱ「藝人という生き方」Ⅲ「藝人の本、藝の本」


売れ行きを考えると、Ⅰを全面に出す編集の意図は理解できるが、本書の読み所はⅢの書評にある、といえる。


興味を持ったものを挙げると、以下の通りである。
1,柳家小さん『5代目小さんの昔話』(冬青社)
2,立川談四楼『シャレのち曇り』(文藝春秋)
3,マルセ太郎『芸人魂』(講談社)
4,島田正吾『芝居ひとすじ』(岩波書店)
5,山下武『父・柳家金語楼』(実業之日本社)